無伴奏組曲 《博物士》

unaccompanied suites -genesis-

Monday, May 05, 2014

シンフォニック=レイン』 舞台探訪

ピオーヴァ

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右は,ミラノ中央駅。筆者撮影。

コンサートホール

右側は,ミラノの「スカラ座」(Teatro alla Scala*1

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2006年9月,ミラノまで取材に行ってきました。改修工事を経て,外壁の色合いが淡く変わっています。

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天蓋

右側は,ミラノの「ヴィットーリオ・エマヌエーレII世のガッレリア」(Galleria Vittorio Emanuele II)

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教会

右側は,フィレンツェの「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」(S. Maria del Fiore)*2

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柱廊(ポルティコ)

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右側は,ボローニャのポルティコ(portico)。筆者撮影。


作中画面のキャプチャーを引用しています。

*1:『るるぶワールドガイド イタリア』(ISBN:4533052592)より引用。

*2フィレンツェのシンボル「ドゥオーモ」のこと。筆者撮影。

Sunday, August 21, 2005

雨の始まり

シンフォニック=レイン』 後奏曲

http://d.hatena.ne.jp/genesis/20050821/p1 からの転記



DPC

 “digital picture collection”(ISBN:B0002WTLLA)。

 うわぁ,これが本体と別に存在している(いた)というのは,大問題ですよ*1。3編のオリジナルノベル(外伝)が収載されているのですが,『の始まり』は“音の妖精”についての物語解釈を左右してしまう代物。

 個人的な感想ですが,「通りがかりの通行人の足にしがみついて移動するフォーニ」なんていう描写をされたら,ますます虫っぽく思えて嫌(^^;

 収録されているイラスト22枚は,いずれも美しい。

Soundtrack

 すっかり気に入ってしまったので,ボーカルアルバム“RAINBOW”を購入。

 トルティニタ中原麻衣)の「秘密」や,フォーニ笠原弘子)の「空の向こうに」などは,ここ一箇月ほど1曲リピートで飽きずに聴き続けています。

シンフォニックレイン ボーカルアルバム「RAINBOW」

 もちろん,岡崎律子さんの唄う“for RITZ”も忘れてはいません。でも,聴いているうちに「涙がほおを流れ」てしまうので,辛いんですよね……*2

 もし,岡崎さんのファンで,このアルバムに特別な想いを持っている人は,是非とも『シンフォニック=レイン』という作品に触れて欲しいと強く願う。この旋律,そしてこの詞は,の降り続く街ピオーヴァの中にあって光り輝くものだと思うから。

For RITZ

postlude :: evangelist

 この作品を評価する言葉を探すために,かなり熱心に評論を読みふけりました。美少女ゲーム運動,ギャルゲー表現,雫の時代,青の時代,内面の発見,傷つける性,主体性を消し去るプレイヤーキャラクター,メタリアルフィクション,物語における観測問題――そうした要素が収斂する場所に2004年がある*3。そして,そこで『シンフォニック=レイン』は生まれ落ちた。でも結局,

それでも、あえていう。これは傑作である。

http://d.hatena.ne.jp/./show-must-go-on/20050119#p1 (kaienさんの過去ログ

この一言で足りました。

 〈ゲームという表現〉が〈ゲームにしかできない〉ものを模索した末,〈プレイヤーの中で収束する物語〉として『シンフォニック=レイン』が奏でられた。これは,聴衆を必要とする交響曲

 これから先,ゲーム評論の場で発言することがあるかもしれません。そのときも私は,福音を伝え続けていくことでしょう。


▼ 追記 (2005/08/22)

 歴史的な位置づけの部分について,反論を頂きました。

 ノベル系ゲームのカウンターとしてそのまま取り上げると、後で禍根を残すように思う。

http://d.hatena.ne.jp/./tdaidouji/20050822#p1

 白状しておくと,私は演奏パートでは即座にESCキー,だったので意識に昇ってません。ADVパートを重視しすぎだというのは,その通りでしょうね。

 もっとも私は,『Fate』や『ひぐらしのなく頃に』は葉鍵系の〈ハイパー・ノベル〉とは別な文法に沿うものと把握しています。2004年は「流れ」そのもののが構造的に変化を起こしたのではないかと見ているので。“S=R”にしても「ノベル系ゲーム」の系譜に押し込もうとしているわけではありません。ゲームシステム(ゲーム性)が重要な役割を果たしているという点において,“YU-NO”や“Ever17”と同じ地平に立つことが出来た希有な例ではないかと理解します*4

 「カウンターをあてた」という表現は不正確だったかな。ハイパーノベルの文法に則した“振り”をすることで成立させているシナリオ構造のことを言いたかったのですが。tdaidoujiさんが〈拡散〉という表現で述べておられることは,私が〈収束〉と言っていることとコインの裏表であるように思えます。私は,「観測者である私」の主観しか問題にしていませんでしたので。

▼ 追記 (2005/08/23)

 観測問題について,エレさんにコメントを送りました。

http://blog.livedoor.jp/element0006/archives/50016977.html

 このエントリーに対しては,コメントおよびトラックバックをいただいております。

http://d.hatena.ne.jp/./genesis/20050821/p1#c

*1:従前別売りであったが,愛蔵版には含まれている。

*2:今,この文章も泣きながら書いているのですが。

*3:流れから抜け出していったものとして,同じ年に“Fate/stay night”が登場した。流れの中に踏みとどまったもののうち,正統を歩んだのが“CLANNAD”で,カウンターをあてたのが“symphonic rain”。こういうゲーム史上の整理でどうだろうか。
 この時代認識を得るに至るまでの経過を記録に書き留めておいたら注目されたということがあったのですが,あれらはトルティニタアリエッタのために調べていた作業の副産物に過ぎません。

*4:“Ever17”は評論を読んでいるだけなので,この位置づけは不正確かもしれません。ただいま取り寄せているところ。

Friday, July 29, 2005

symphonic=rain

シンフォニック=レイン』 狂想曲

http://d.hatena.ne.jp/genesis/20050729/p1 からの転記


http://d.hatena.ne.jp/hajic/20050724/p2

 「内ゲバって,こういうふうにして起こるんだなぁ」と思った『シンフォニック=レイン』討論会(と,その後)。

#genesis

 「すべてのシナリオ分岐を見渡す「メタな視点」を認めるのが「多世界解釈モデル」なので。▼このモデルを導入すると,hajicさんの解釈を《第10のシナリオ》として打ち出す可能性はあると思う。私は,《フォーニ・シナリオ》が異質なものであることについてはhajicさんに同調します(唯一,音の妖精の存在を“信じる”ことによって成立する分岐だから)。でもhajic仮説は,これとは別の仮定を信じることによって成り立っているものなので,これを第9 シナリオの正当な解釈とするには躊躇するわけなのです。▼ 簡単に言うと,フォーニ・エンド後もアルはやっぱり死んでいました(y/n)が,hajic解釈への分岐点なわけです。[n]を選べば原典の文言通りの受け止め,[y]を選べばトルタ至上主義(笑)なhajic解釈,[y]も[n]も両方あり得るだろうとすればメタを気取る私の態度になります。」

http://d.hatena.ne.jp/hajic/20050724/p2#c

 読み返すと,多世界解釈モデル*1の理解と当てはめがダメダメ……。

 ただ,誤解を修正しておくと,このモデルをテクストの読み方として用いる場合,世界の遠近という概念はありますし,重なり合う象限もあります。SFの「パラレル・ワールド」が語源なので並行世界という表現をしていますが,hajicさんのいう「階層的」な読みを否定しているわけではありません。ゲームの解釈において並列世界という場合,東浩紀が『動物化するポストモダン』で理論化する際の柱となった『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』を想起していると思うので。

 フォーニエンドと真トルタは、それらが並立しているが故に、絶対に並立不可能なのです。二つが同時に成り立つ以上、その両方は同時に否定されなければならない。

http://d.hatena.ne.jp/hajic/20050729/p1

 うん,ようやく擦り合わせが可能な程度に用語の差異が収斂してきました。

 ここで説示されていることは,ほとんどに同意するのだけれど,「両立し得ないシナリオを両方同時に否定されなければならない」という点において,私の態度と異なります。否定した結果,否定されたシナリオは消滅するのではなく,止揚(アウフヘーベン)される。私がhajic解釈を《第10のシナリオ》と言うことの意味は,テクストの中には存在しないが《読み手》の中には存在する可能性があるだろうということです。

 hajicさんのこれまでの論旨だと,アリエッタ・シナリオを否定することを強調するあまり,止揚させるという道筋が見えなかった。そこが,他の読み手に誤解を与えた原因でしょう。

 『シンフォニック=レイン』の9つのシナリオの中には「完全な結末」が存在しない。その先に《第10のシナリオ》を置くかどうかの分岐が《信じる》か否か,です。さらに,この点では《作り手=シナリオライター》も信じてはいないでしょう。このスイッチは《読み手》の中にある。これに先だってhajicさんが

機械には、「信じる」という行為はできない

と述べているのは,多分に誤読です。

 ただ,ここでまた訣別する可能性があります。私は,信じていない。もし《信じる》とするならば,という仮定の上に立っています。以前,何も起こらない《第1シナリオ》であればhajic解釈を取り入れることが可能ではないか,と述べたことがありました。あれは,私が《信じる》ことを妨げている要因――1月20日午前9時――が,《第1シナリオ》の場合には存在していないからです。

 なお,

「真トルタを真の結末だと主張しているように一般に理解されている」

という場合の「一般人」に私を含めてはなりません。私を「hajic教のガブリエル」とでも呼んでください。堕天してウリエルになるかもしれないけれど(笑)

*1:この用語法は,量子力学的。言及先で「確率」というのが出てくるのは,「シュレディンガーの猫」に引っ張られているからだと思う。

Thursday, July 07, 2005

Phorni

シンフォニック=レイン』 第5楽章

http://d.hatena.ne.jp/genesis/20050707/p1 より転記

 アリエッタ・フィーネ(Arietta Fine)シナリオ。

(この先には,ネタバレがあります)

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Tuesday, July 05, 2005

トルティニタ

シンフォニック=レイン』 第3~4楽章

http://d.hatena.ne.jp/genesis/20050705/p1 より転記

 トルティニタ・フィーネ(Tortinita Fine)シナリオ。本作は彼女のために捧げられた物語である,といっても過言ではない。

 トルタが恋い慕う相手クリス(Chris)は,双子の姉アリエッタの想い人。しかし今,クリスの近くで共に音楽を学んでいる――

(この先には,ネタバレがあります)

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Thursday, June 30, 2005

liselsia

シンフォニック=レイン』 第2楽章

http://d.hatena.ne.jp/genesis/20050630/p1 より転記

 リセルシア・チェザリーニ(Liselsia Cesarini)シナリオ。人目を避けるように旧校舎でひとり,を唄う下級生。無口で,他人との接触を極端に拒む。しかし,主人公にだけは心を開くようになり――

 物語を駆動させる構造は,『ONE~輝く季節へ~』に類似。「両手で△△を抱え,口元に運ぶ小動物のような仕草」の空欄を,「パニーニ」にすればリセハンバーガーにすれば椎名繭になります。

 こう整理すると悪口に見えるかも知れませんけれど,批判しているわけではないです。ドラマツルギー(dramaturgy)のステレオタイプ(stereotype)を類型化していけば,多くはシェイクスピアに吸収されてしまうわけだし。

ポストモダンシミュラークル)においては,どの場面で類型を適用するかが価値につながるのだから。本作においては,ヒロインの均衡を考えると的確な配置でしょう。

 ただ,性的弱者としてのオタクを考察する場合,リセルシアのような《設定》の恋愛に弱いということは自覚しておいた方がいいと思う。私の“BITTERSWEET FOOLS”に対する申し立ても,問題認識は同じです。

 私見としては,状況を描くだけではなく,内面を掘り下げていって欲しかったところ。重苦しさに耐えきれない人が出てくるかもしれませんが……。『ひぐらしのなく頃に』の祟殺し編北条沙都子シナリオ)までやれとは言いませんから。

以下,コメント欄より(一部改変)。ネタバレあり。

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Monday, June 27, 2005

falsita

シンフォニック=レイン』 第1楽章

http://d.hatena.ne.jp/genesis/20050627/p1 より転記

 気の赴くままに振る舞っていたら,アリエッタが迎えにやってきました(トルティニタ篇のBADルート)。煙に巻かれながら,最初の分岐を終える。

 大まかな流れがつかめたところで,分岐チャートを入手。ファルシータ・フォーセット(Falsita Fowcett)シナリオへ進む。

 「綺麗」と「美しい」は,似て異なるものである――とは,誰の言葉だったろうか。醜悪なものを目にしても「美しい」と思う感情は湧き起こることがある,と論者は述べていたように記憶している。ふと,そんなことを思い出しながら,ファルの言葉を聞く。

 きっと彼女は,ウツクシイ。

Thursday, June 23, 2005

falsita

シンフォニック=レイン前奏曲

http://d.hatena.ne.jp/genesis/20050623/p1 より転記

 工画堂スタジオシンフォニック=レイン』の序盤、ファルシータ(添付画像)との最初の音合わせまで。明日、愛蔵版ASIN:B0009RNAT2)が発売されます。その前に触れておかないと、せっかく買ってきた通常版(ASIN:B0001FG72O)に申し訳ないような気がして。

 内容については改めて述べることにして、第一印象を。「ミュージック・アドベンチャー・ゲーム」というだけあって、音響が美しい。

 ただ―― いま、目眩いがしてます。吐きそう。

 このゲームには「ミュージック・アクション・パート」というものがあります。画面上を流れる音符に合わせてキーボートを叩き、音を重ねていくというものなのですが…… そこで酔いました。私は流れる画面を見つめていると気持ちが悪くなることがありまして。映画を観ていても良く起こるのですが。

 この部分は飛ばしても差し支えないように設計されているのは助かりました。そうでなければ、健康上の理由でゲームが進められない、という情けないことになっていたかも。

symphonic=rain WebRing
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